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八郎兵衛さんの、よもやま話


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 その昔、お百姓さんは「姓」というものがなかった。みんな名前だけや。

 「彦助」とか「権郎」とか、いろいろあったけど、「一郎兵衛」「二郎兵衛」から「九郎兵衛」「十郎兵衛」まで、数字の順番に名前がついている者もいた。まあそれは当時の、土地の偉様(えらさま)がつけたのやろうけれど、何ともあてがいな名前のつけ方や。けど、誰もが姓名を名乗られるようになった今でも、それが屋号として、それぞれの家に残っている。ちなみに、うちの屋号は「八郎兵衛」というんやけどな。

 馴染みの者が顔を合わせると、自然と昔からの屋号で呼び合ってしまう。科学の発達した21世紀の平成の世の中に、何とも時代錯誤なことをしとると思われるかもしらんけれど、まあ、そんな者らの、よもやま話をちょっこし聞いてもらえんかいね。

ワラ細工 ひまつぶし
 人間を八十年以上やっとると、いろんなことがあった。それは誰しも同じやと思うけれども、昭和三年に生まれてからこの方、毎日毎日、一生懸命に働いてきた。子どもの頃は浜で塩を作るのも手伝ったし、若い頃は石こう山でも働いたし、農業もいろんな工夫をしながら長年やってきた。その話は、おいおいとすることとして、傘寿の今の楽しみはワラ細工を作ることや。
 
 
ひまつぶし
 納屋に「ワラ細工 ひまつぶし」という看板をあげて、遊びに来た人らに、わしの作ったワラ細工を見てもろうて、昔話に花を咲かせるのが楽しみになっとる。ワラ靴や草履、蓑や笠、ほうきに壷に花瓶。工夫をしながら、いろんなワラ細工を作っとります。草履や蓑、笠などは、昔はその家その家で工夫して誰もが作っていた。けど、赤子を入れるツブラを作る人は、村にひとりか、ふたりの人だけやった。ところで、ツブラって知っとるけ?
 赤ちゃんを入れておくもんや。底にボロ布を敷いて、赤子を入れて動けんように周りに、またボロ布を押し込んで、そして野良仕事へ出たんや。昼飯時に帰って来たら、泣いとる赤子にお乳を飲ませ、小便で汚れたボロ布を入れ替えて、またそこへ赤ちゃんを入れておく。昔は、みんなそうやって仕事をしながら子どもを育てたんもんなんや。
つぶら   つぶら

火輪づくり
 
 遊びに来た人らと、そんな話をしておったら、「火輪」を作ってくれんかと言うて来た人がおった。「火輪」というのは、カマドと釜の間に挟み、隙間ができないようにするもんなんや。けど、昔、見たことはあるけれど作ったことはない。この辺りがいくら田舎というても、今頃もカマドでご飯をたいている家もない。さてさて、どうしたもんか、自信はないけれど、とにかく頼まれたからには作らにゃならん。昔を思い出しながら作ってみることにした。美しい丸の形にするのは、結構難しかったぞ。
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