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4.八太郎漬本舗
八太郎漬本舗は、能登島大橋が開通するのをきっかけに、昭和55年2月に観光客のお土産になるものを考えなければと思い、立ち上げました。男性だけに任せるのではなく、政島キクさんが中心となって女性11人で活動を始めたそうです。
この八太郎漬本舗という名前には、由来があるそうです。昔、能登島は八太郎島と呼ばれていて、8人の侍が島を守っていました。その名前を取り、八太郎漬け本舗という名前になったそうです。
■八太郎漬の歴史
昭和57年に八太郎漬本舗の工場作り、3年後には第2工場を作りました。その3年後には売店を作り、さらにその3年後には味噌の加工(こうじ麹)、を作ったそうで、冬の間は、自然発酵で味噌を作り、今も作っています。
現在は5人の女性で活動しています。今後は時代に合ったものを作り、やっていけるようにと考えているようです。また若い人と政権交代も視野に入れているようです。
昨年は、12月28日の新聞に八太郎漬本舗が掲載され、かぶら蕪すし鮨(石川県の郷土料理)の売り上げが伸びたそうです。あんなにも注文が殺到するとは思わなかったと、言っていました。FAXが壊れそうなくらい、次々と注文が入ったので驚いたと語ってくれました。
■八太郎漬の商品
2009年12月28日北陸中日新聞の記事
2009年12月28日北陸中日新聞の記事
早春に里山から山菜を採り、塩漬けにしました。それが現在のさわらび漬けへとなっていきました。また商品にするためには、半月以上の賞味期限が必要だと考え、畑に白瓜・なすび・きゅうりを栽培しました。収穫した野菜を塩に漬け込み、その作業を2回し、本漬けしてから酒粕に4回も漬け込みます。それが現在の八太郎漬へとなります。八太郎漬ができると、すぐに特許を取りに行ったそうです。
八太郎漬(箱)
八太郎漬(箱)
  八太郎漬(袋)
八太郎漬(袋)
  七郎漬
七郎漬
長者どん(箱)
長者どん(箱)
  長者どん(袋)
長者どん(袋)
  なすびの辛子漬け
なすびの辛子漬け
他にも茄子のピリ辛味噌漬けや水ぶきの糠漬けがあります。また、和倉温泉や七尾食祭市場には、八太郎漬・七郎漬・茄子の辛子漬け・茄子の粕漬け・味噌・わらびの酢漬け・梅干・らっきょうなどが置いてあるようです。朝市には、大根のうこん漬け・白菜のぬか漬け・おはぎ・お餅・おにぎりなどを出しています。その年によって商品の種類も違いますが、20種類以上はあるようです。
観光客には、八太郎漬や七郎漬が人気です。以前は、ゴールデンウィークやお盆などが良く売れていたが、ここ2、3年はほとんど一緒だそうです。値段が高くても材料の良いものを使い、良いものを作っていきたいと考えています。待っているお客さんがいるから、商品を切らさずにすると語ってくれました。
■人の紹介
竹内孝子さん(八太郎漬本舗の工場にて)
竹内孝子さん(八太郎漬本舗の工場にて)
【竹内孝子さん】
昭和8年2月28日、能登半島の半の浦で生まれ育ちました。
40代の頃から八太郎漬本舗で活動しています。
久木義子さん(八太郎漬本舗にて)
久木義子さん(八太郎漬本舗にて)
【久木義子さん】
昭和21年1月30日、能登島の半の浦で生まれ育ちました。
40代の頃から八太郎漬本舗で活動し始めました。
唐木京子さん(八太郎漬本舗にて)
唐木京子さん(八太郎漬本舗にて)
【唐木 京子さん】
昭和14年3月25日、能登島の半の浦に生まれ、育ちました。
40代の頃から八太郎漬本舗で活動しました。
政島納穂子さん(八太郎漬本舗にて)
政島納穂子さん(八太郎漬本舗にて)
【政島 納穂子さん】
昭和34年1月6日、能登島の半の浦で生まれ、育ちました。
30代の頃から八太郎漬本舗で活動し始めました。
八太郎漬本舗で働けるのは、家族の理解や協力があって働けるとおっしゃっていました。今後も八太郎漬本舗の商品を待っているお客さんのためにも、頑張っていきたいと語ってくれました。
みなさんとても仲が良く、楽しそうに働いていました。休憩の時には、ストーブでお餅を焼きながら仕事の話や家の話などして、とても雰囲気の良い所だと思いました。急な訪問にも優しく親切に対応してくださり、温かく受け入れてくれました。真心こめて作った商品が、地元の人だけでなく、近県の人や観光客にももっと知ってもらいたいと思いました。金沢では良く売れるようなので、スーパーに出したりすれば良いと思いました。八太郎漬本舗の皆さんには、本当にお世話になりました。今後も頑張って欲しいと思います。
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