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のとびと
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小田原寛さん

HAB 北陸朝日放送輪島支局

「情熱半島NOTO」で能登人を発信
北陸朝日放送で「情熱半島NOTO」の特集を企画・制作する輪島支局員の小田原さんは、生まれも育ちも輪島。
一度は嫌で嫌で出て行ったこの土地だけれど、気がつけばここでの暮らしが楽しくて、能登で活躍する人がたくさんいる事に感動。
この土地と人の素晴らしさを、多くの人に知ってもらえたら。
「情熱半島NOTO」を通して、小田原さんは自分が誇るたくさんの能登を自慢し続けるのです。
HAB 北陸朝日放送輪島支局
〒928-0077
輪島市鳳至町上町21

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

◆情熱半島・NOTO 
カメラを覗く小田原さん
カメラを覗く小田原さん
「“そうだろ、そうだろ”って嬉しくなるんですよ。
それが一番の喜び、この仕事の快感ですね。」

そう話すのは、北陸朝日放送の夕方のニュース番組、スーパーJチェンネルで「情熱半島・NOTO」という特集番組の企画・制作を担当する輪島支局員の小田原さん。
生まれも育ちも輪島の鳳至町。

「一所にじっとしていられないたちなので、この仕事向いています。」
と言い、能登中を駆け巡っています。

そんな小田原さんが「情熱半島・NOTO」で取り上げるのは、地元・能登半島で、地に足をつけ、地道に素敵に暮らし、仕事をしている人々。
最初はじーっと観察し、小田原さん自身が惚れ込んでしまうという人達ばかり。

「何度でも通いますよ。」
「どんな人か知って、自分なりにどう伝えるか考えて、それで紹介したいですから。
能登にはこんな素敵な人がいる、こんな魅力的な活動をしている。それを多くの人に伝えられたらと。」
◆能登での暮らしで気づいたこと
輪島にあるオフィス。
輪島にあるオフィス。
油絵に没頭していた学生時代。
美大を目指し、故郷への欠片の未練も残さず上京。
数年の浪人生活を送るも、美大の門をくぐることが出来ず、無念の帰郷。

そこで、地元輪島で蒔絵師の元で修行を始め、年季明け、作家として独立する。
ただ、何か違うものを感じていたという小田原さん。

そんな時に、憧れのマッキントッシュが手頃な値段で登場。
早速購入し、マッキントッシュに没頭。
そこからグラフィックデザインの仕事を始めるようになったのだそうです。

輪島を拠点に、新しいデザインの風をと頑張るも、幾度となくクライアントと衝突。
より理解を深め、同じ志を持ち、継続的にデザインをしているクライアントもいるなか、
今度はひょんなことから北陸朝日放送の輪島支局としての仕事を始めるようになったと言う。

嫌で嫌で高校卒業後出ていった能登の地。
気がつくと今ではここ能登が大好きで、能登での暮らしがとても楽しいと小田原さんは言う。
同時に、能登での出会いの中で、素敵に、力強く、信念を持って頑張っている素敵な人がいて、自慢したい人たちがたくさんいることにも気がついた。
◆能登の人だからこそ伝えられること
撮影風景
撮影風景
能登で生まれ育ち、能登で暮らしているからこそ、
取材相手に共感し、共にその素晴らしさを伝えようとしている。
自分が紹介した人が、さらに飛躍して行く時の快感。
それは、デザイナーとして、自分がデザインした商品が売れる時と同じ快感。
応援している人が伸びていく。
それは小田原さんにとってぞくぞくすること。
「そうだろ、そうだろ。」と。

北陸朝日放送の仕事で、そんな人たちを紹介することで応援できるのではないかと考えたという。
また、それを見た能登の出身者が、「能登にはこんなに頑張っている人がいるんだ。自分も能登で頑張れるかもしれない。」そう思ってもらえたら何より。

小田原さんにとって「情熱半島・NOTO」は、
「すげ~だろ、能登って」
という自慢。
自分が、そして能登の人たちが、楽しく輝いて暮らしている田舎自慢なのです。
(取材後記)
能登で生まれ育ち、そして能登の生活に根ざしているから伝えられること。
こんな素敵で魅力的な活動をしている人が能登にいるんだ!と多くの人に伝え、知ってもらいたいと。
能登スタイルの取材で私自身が目指していることを、今回取材させてもらった小田原さんから逆に強烈に突きつけられ、教えられた気がします。
(取材・文:姥浦千重)
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