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数馬 嘉一郎さん

数馬酒造

能登の醸造文化を全国に発信 
平成24年現在、日本一若い酒蔵の社長として能登の銘酒「竹葉」を全国に。東京から故郷に帰ってきて、半年足らずで家業を継ぎました。持ち前の明るさと、思い込んだら真っ直ぐに進むフットワークの良さで、いろんなところに出かけて、能登が誇る醸造文化を発信しています。
数馬酒造
〒927-0433 石川県鳳珠郡能登町宇出津ヘ-36
TEL:0768-62-1200
FAX:0768-62-1201
URL:http://www.kazuma.co.jp/

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■日本一若い酒蔵の社長
能登を代表する日本酒の銘柄「竹葉」を醸造する数馬酒造の五代目。江戸時代は、味噌や醤油をつくっていたが、その仕込み水が酒造りに適しているということで、酒造りを始めたという。創業明治2年。この長い酒蔵の歴史を引き継ぐ社長は、現在25歳。今のところ(平成24年現在)、日本酒の蔵元としては、日本一若い。たしかに、話し方も風貌もファッションも、現代の若者そのもの。
■思い込んだら一直線
遊び場になっていた酒蔵の入り口
遊び場になっていた酒蔵の入り口
幼いころから酒蔵を遊び場として育ち、悪いことをしてお仕置きされるときは、真っ暗な貯蔵庫に入れられた。「せわしない子でした」とは、お母様の談。従業員の方々も、社長の幼いころから知っている人が多い。進学のため上京し、卒業後は組織・人材コンサルタントに就職。しかも、一度、就職試験に落とされた会社に電話をして、「もう一度チャンスを下さい」と、リベンジ選考に持ち込んだというから、その前向きさには驚かされる。その会社に就職し、グループ会社の立ち上げにも携わるなどの経験を積み、24歳で能登に帰ってきた。
■バスケ一筋
生まれ育った宇出津のまち
生まれ育った宇出津のまち
小学生のときから始めたバスケは、現在に至るまでずっと続けている。中高生時代は、まさにバスケ一色の生活。東京時代も、バスケ好きの仲間を集めて新しいチームを立ち上げ、初年度は1回戦負けだった小さなチームを、町田市で優勝するまでに導いた。
「周りのために動いたら、パフォーマンスが上がったんです」

バスケットボールで培ったチームプレーのうまさも、一直線に努力することも、今の仕事に活きているようです。
■能登の米、能登の水、能登の杜氏
数馬酒造のお酒
数馬酒造のお酒
人見知りをせず、思い込んだら真っ直ぐに進む性格。能登を6年間離れ、帰ってきてからは、能登の酒「竹葉」の営業マンとして全国をめぐる。
数馬酒造のお酒は、能登の米と能登の水を使い、能登の杜氏が仕込む。それが、何よりの強みだと言う数馬さん。お酒の味が旨いので営業に行っても、まず断られることはない。醸しの里、能登で生まれたお酒は、料理人の間でも評判がいい。

数馬さんにとってのお酒とは?と、聞いてみると
「人生の潤滑油です。これ、請売りですけどね。」
■プラス思考
一社目に落ちてリベンジ選考に行くまでに、このままでは受からないと思って、それまで自分が避けてきたことをやったんです。「読書」です。そのときに読んだ本がきっかけで、自分に3つの約束をしました。「否定的な言葉は言わない」「それが起こったから良かったことを見る」「悪いことが起こったらラッキーと言う」これを守っていると、だんだん思考回路が変わってきました。
「将来の夢は、海賊王じゃなくて、酒造王です。」
たしかに、とことん楽天家でプラス思考なところは、ONE PEACEのルフィみたいですね。
■能登への想い
生まれ育った能登への想い。今は「どうにかしないと、このままじゃ終わらんぞ」と思っている。経営者の一人として、雇用も増やしたいし、起業もしてみたい。7年後には、数馬酒造が150周年を迎えるので、そこに向けて精進していきたいですね。

まっすぐに将来を見据える数馬さんの姿勢からは、能登の未来を担う静かな覚悟のようなものが感じられた。

「能登は、時間がゆっくり。人間らしい生活とおいしい食べ物があります。夜、遊ぶところはないけど。」そう語る数馬さん。そして「能登にいる人が好きなんです」とも。伝統ある酒蔵の若き社長は、能登の自然と人とに育まれながら、今日も能登のおいしいお酒を発信し続けているのです。
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