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松尾 和広さん

松尾 和広(まつお かずひろ)

松尾栗園 代表

「能登の焼き栗」で農家として独立を目指す
農業経験のない素人が半年で独立し、農家を始め、「能登の焼き栗」で注目され、数年で自立のめどが立つ。あくまでも個人経営の農業を追求しています。
松尾栗園
〒928-0224 石川県輪島市町野町麦生チ部66 
TEL 0768-32-1305
URL http://www.matsuokurien.com/

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■農業は能登に来てから
農業についての知識は何も無かった。直前は北海道で10ケ月間、漁師をしていた。その前は東京の出版社で5年間働いていた。
30歳を越してサラリーマンを辞める時に、農業か漁業をやろうと考えた。それも一人でやりたかった。最初から得られる所得を比較して、まず漁業になった。北海道の襟裳岬で、漁師を10ケ月間行ったが、船酔いがとれなかったので、それ以上は無理だと漁業は断念。
■最初から独立できる農業を探す
愛知県の実家に一旦戻って、農業について学べるところを探した。伝統的な特産品は限られたルートができていて、独立は難しかったので、珍しいものでないといけないと思った。それと、腰を痛めていたので、見上げる体勢で仕事ができる果樹に着眼した。特産品で珍しいものを探したら、栗に行き着いた。ネットで検索していたら「能登栗」が出てきて、川原農産さんに辿りついた。
能登には来たことが無かったが、電話とメールでやりとりを重ねて話を詰め、能登に来ることになった。それが4年前の2004年8月。3ケ月間研修し、住む所も探していただいた。
最初は、栗園は草ぼうぼうで、背が高い大きな栗の木が伸び放題になっていた。栗園での草刈りと栗の拾い方を教えていただき、作業を続け、空いた時間は米の収穫の手伝いもした。栗の選別の仕方も川原さんのところで教わった。
■独自の販路開拓
年明けには独立を決め、住民票も1月に移し、農園も川原さんのお父さんに間に入っていただき、貸していただくことになった。
販路をまず自分で見つけることが必要だった。ホームページ作成講座に参加して、自分でホームページを作った。その上で、あちこちにメールを送ったが、すぐには返事は無かった。それでも、5月に東京の焼き栗屋さんからメールをいただいた。買い付け交渉に来られ、栗園等もご覧いただいた。絶対量が少なくて、取引ということにはならなかったが、自分で焼き栗を作って売ることをすすめられた。作り方も全て教えていただき、スタートできた。
輪島と穴水のスーパーに相談したら、快く店頭を貸していただけることになった。
スーパーは週末だけだったので、朝市の組合にもしっかりした企画書を提出し、説明にお邪魔したら、専務や理事長が理解して下さり、数ヶ月後の理事会で満場一致で採用を決めていただいた。それで1年目から出店できるようになった。
■栗は剪定が大事
栗の木は高すぎると、真ん中に日が当たらないで実のなりが少なく、風の通りも悪いので虫がつきやすい。栗の木は枝が横に広げるように剪定し、全体に太陽光が当るようにしないといけない。毎年1mずつカットして、3年続けたら収量も倍に増えた。
■焼き栗づくりは仕込みがたいへん!
収穫は9、10月。販売は10月からスタートしている。栗は熟成期間が1ケ月ほどいる。朝市に行って、昼で帰ってきて、午後は栗園に行き栗を拾ってきて、洗い、選別する。その後に翌日の仕込みをするという作業の繰り返し。3時4時に仕込みが終わり、1、2時間寝て、5時に起きて朝市に出かけます。
仕込みは一個一個切る作業が一番大変。土日は2店舗体制にしているので、仕込みを手伝ってもらっているが難しい。渋皮まできれいに切れていないと、きれいに開かないし、中までいい状態で焼けず、美味しくならない。実を切ってしまうと、渋皮と実が一緒に開いてしまう。仕込みの際に、虫食いや痛みも見つけないといけない
■半分しか商品にならない貴重品
材料としての栗が1トンあっても、焼き栗として販売できるのは500kgに満たない。生栗の段階で商品になるのは、良くて8割程度。
他は虫が入ったり、病気だったり。化学肥料を使わず、農薬散布を4分の1以下に抑えて、超減農薬で栽培しているので、3割ぐらいは駄目になる。収穫したものを1ヶ月ほど冷蔵庫に入れておくと1割ぐらい軽くなる。
この期間で熟成し、甘みが増す。糖度6のものが18ぐらいになる。
貴重な焼き栗ですので、よく味わって召し上がりください。
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