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のとびと
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小西 栄一さん

小西 栄一(こにし えいいち)

珠洲焼 二本松窯

使いやすい珠洲焼を作る
長年、珠洲焼づくりを指導。退職後、二本松窯を拠点に、お客様の注文に応じた珠洲焼の創作を続ける。
珠洲焼 二本松窯
〒927-1465 石川県珠洲市三崎町二本松ち-93 
TEL・FAX 0768-82-3403

珠洲焼体験(詳しくは次をご覧ください)
能登人と過ごす「能登時間」http://bunanomori.com/noto-jikan/index.html

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■独学で陶芸を始める
小西さんは、上戸公民館に勤めていた昭和51年から独学で陶芸(楽焼)を始め、昭和54年に珠洲市陶芸センター開所と同時に、通所研修生となり、珠洲焼をスタートした。
市役所に入る前は電話工事の会社に勤めていた。エンジニアを目指していたが、親から言われて市役所に入ることにした。安定した暮らしではあったが、自分の仕事を作らないといけない。手に職をつけて、いつかは自立できるようにしたかった。
■珠洲焼再興
地域の研究者は、戦前から、あちこちで発掘される破片等を「珠洲古陶」と呼んできた。「珠洲焼」の名前は、昭和36年に古美術研究家岡田宗叡氏が名付けてから定着した。
珠洲焼再興については、珠洲市と珠洲商工会議所が力をいれて活動してきており、現在に至っている。最初は、市が補助金を用意し、他の産地に研修に出して、技を身につけて帰ってきて珠洲で焼き物をやってもらおうという事業に取り組んでいた。昭和53年に陶芸実習センターを作り、帰ってきた人の作陶の場とした。派遣したメンバーで戻ってきたのは一人(能村耕さん)だけだったが、中山達磨さんも九谷から移り住んできて、二人の実習生で活動を始めた。
■珠洲焼の指導員に
陶芸実習センターには10年間指導員がいなかった。新たに珠洲焼館ができ、体験教室を行うから指導者が必要ということで、指導者として入り、本格的に珠洲焼に関わるようになった。
昭和63年から陶芸教室を始め、研修生も受け入れた。当時指導した人たちが、今では珠洲焼の担い手として活躍するようになっている。平成16年に退職し、より本格的に二本松窯で珠洲焼の創作を始めた。その2年後、奥様も勤めをやめ、一緒に珠洲焼づくりを行うようになっている。
■基本的には注文制作
試作品はいろいろ作りますが、最終的にはお客さんの要望に応じて制作していることが多い。お客様は「もう5mm高く」、「もう5mm細く」等のようにと言われるので、それに応じて制作する。デザインを工夫していても、まったく模様のないものを欲しいと言われることもある。手触りを楽しんでいただきたいので、意識的に凹凸をつけている作品もある。視覚と同時に触覚に訴えることが大切。
■仕上げが大切
水ペーパーで底を磨いて、テーブルなどが傷つかないようにし、へりを磨いて口当たりを良くする。水洗いしたらすぐ使えるようにして出すことが基本で、大事なカウンターやテーブルを傷つけないようにしないといけない。ガラス板の上で滑らせて、傷つかないか、傾きがないか確認してから出荷する。
■新たな珠洲焼
珠洲焼のビールジョッキを、初めて作ったことで注目された。さらに最近では、中面を釉薬を用いて白くした飯碗や、漆を掛けた作品づくりにも挑戦している。常に新たな用途開発を進め、使いやすさを追求している。
徹底して使い手の立場から発想する小西さんご夫妻の姿勢には、学ぶべきことが多い。
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