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のとびと
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下 孫一さん

下 孫一(しも まごいち)

潮騒といろりの宿 民宿漁火

たまにはテレビを消して囲炉裏を囲んで四方山ばなし
漁師をしながら民宿を経営。町から遠く、冬には強い海風が吹く不便なロケーションだが、宿泊客の希望があれば定置網の漁を手伝ってもらったり、畑で収穫をしてもらったりと、村の生活に溶け込んでもらう。自然と素朴さを大切に、家族にしかできないもてなしで、能登の魅力を地道に発信している。
潮騒といろりの宿 民宿漁火(いさりび)
〒928-0051 石川県輪島市小池町小鵜入タ4 
TEL 0768-22-2410 FAX 0768-22-2410
料金 一泊二食7,560円(税込)~
定休日 木曜日

ツーリズムプログラム
●定置網の網おこし
天気が良ければ、体験可能。(事前予約)時期は春から秋まで

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■民宿の原点を忘れてはいけない
毎年、2度、3度とお越しになるお客さんがいる。都会の人は都会にはない、少し変わったものを求めて能登に来るのではないか。
あえて、能登半島の先端までお越しになるということは、それなりの何かを期待していらっしゃるのだと考えるべきでしょう。能登がそのような場所だと考えると、能登の民宿には、ホテルとは違う魅力が必要だ。お客さんが好むものは、どうしても残しておきたい。
そうすれば結果的に、お客さんがお客さんを連れてきてくれることにもつながる。
■黒光りした古い建物
民宿の原点という意味では、お客様同士の交流がある。そのための場として、囲炉裏は重要な役割を果たしてきた。民宿漁火は昔の建物をそのまま活かしており、囲炉裏も古い石組がそのまま現役で活躍している。昔は囲炉裏の周りは板の間で、薪を囲炉裏の上のところに積み上げて干していた。サツマイモの貯蔵穴も囲炉裏のそばにあった。自在鉤はさすがに傷んで取り替えた。昔は隣の部屋に使用人のための囲炉裏もあった。
■平家の落人が住み着いた集落
ここは平家の落人が住み着いた集落で、最初は7軒がここにたどり着いた。しかし、耕地に余裕がなかったので、3人は新潟に行き、1軒は上の集落に行き、3軒で暮らしてきた。
分家をして増えると食べられなくなるので、他所に出ていく。輪島市や遠くても金沢ぐらいに住んでいる。父親の兄弟も輪島市内に住んでいる。隣村に住んでいる人もいる。兄弟は5人いるが、遠くて柳田村まで。県外に行った人は一人もいない。何かあったときにはすぐ集まる。3軒とも長男が家を継ぐことでつないできた。
■「結」で農作業
順番に3軒の田んぼや畑を耕し、田植えも稲刈りも協同で行っている。いわゆる「結」が、今でも続いている。家族総出で漁業も農業も一緒に作業をする。海あり山ありで小遣い稼ぎもできた。農産物はすべて自給。架干ししたお米を自家精米しており、おいしいと評判がよい。
■魚料理は定置網から
定置網を行っている。水揚げは基本的に、輪島に持っていっているが、民宿の料理に出す魚は、定置網にかかったものをお出ししている。冬場は輪島の漁師から仕入れている。
この外浦は、冬場は定置網をあげる。夏場は内浦側の漁師が手伝いにきてくれる。彼らは、冬場は内浦側のブリ網に従事している。
昔の定置網は最低でも20名は必要だったが、最近は7人から10人程度。手伝いに来る人は番屋に寝泊りしている。今でも半分ぐらいが応援に来てくれている人。
■猿山岬を訪ねるお客さんも増えている
輪島には、日本有数の雪割草の群生地である猿山岬がある。どのように調べていらっしゃるのか分からないが、最近は雪割草を見学に来る人が多く泊まりにいらっしゃる。藤田弓子さんが取材に来られて、土曜スペシャルで取り上げていただいたので、その影響もある。
■「漁火(いさりび)」という名前
昭和46年7月から民宿を始めた。当時は葉タバコを栽培していたが、手間がかかって大変なので、違う商売を考えていた。
能登ブームもあって、民宿を始めることにした。妻を料理屋の手伝いにいかせて、勉強してもらってきたりもした。前年に遭難事故で亡くなった父親は、北国俳壇「風」の同人で、句に漁火と入れた俳句がたくさん入選していた。沖の漁火の風情があってよかったので、それもあって「漁火」と名づけた。
最近は、漁火を知らない人も多くて、「りょうび」とか「ぎょび」とか言われる人もいるが、「漁火」という漢字がよいので、ふりがなをふっている。
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