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坂口 武司さん

坂口 武司(さかぐち たけし)

輪島塗製造販売

塗師屋のまちの習俗のお話
14歳で弟子入り、輪島職人の道に入り、現在も輪島塗の製造販売を手がける。徒弟制度の小僧時代からのキャリアによって、輪島独特の冠婚葬祭のしきたりや、輪島の祭りの由来等にも通じ、輪島の生き字引的存在。通称ごえんさま(御院住様・ごいんじょさま)と呼ばれる。

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

輪島市在住
連絡・問合せは(株)グルーヴィ能登事務所まで
TEL 0768-76-0600
■塗師屋の弟子と親方
かつて輪島の塗師屋では、修業中の弟子たちが親方の家に住み込んで家族同様に生活していた。弟子たちは、職人としての技を親方や先輩たちから鍛えこまれると同時に、家のことも万事手伝った。親方の家の者として隣近所との付き合いなどもしていく中で、地域社会で暮らす者としての常識も培われていったのだ。
時代の変化とともに、輪島の徒弟制度は姿を変え、輪島のまちに受け継がれてきた独特な古いしきたりの数々も消えつつあります。そうした諸事に詳しい輪島塗職人が坂口さんだ。
■輪島のしきたりの生き字引
かつて塗師屋の親方というものは、どこかの家におめでたいことやあるいは不幸があったというと、自分が行かずに「おい、ちょっと手伝いに行け」と若い衆を遣いに出したもの。配り物があれば、当時は車なんて無いから、自転車の後ろにダンボールを積んで回った。どの家にどこから嫁いでござった奥様がおるとか、親戚がおるということもみんな知らないと、失礼があってはいけない。
坂口さんは、小僧時代からの経験を通して輪島のしきたりを身に付け、いつしか誰よりも輪島のことに詳しくなった。
■分からんことは坂口さんに聞け
四十九日の香典返し、仏壇に飾る餅の数、落雁の数、そしてその理由等々。それぞれに意味があり、決まりがあります。「分からないことがあったら坂口さんに聞け」とばかり、遠方からも問合せが入るので、あるとき「葬儀諸事」として著した。上から順に読んでいけば一通りのことができるように細かく書いて、50名ほどの仲間に配った。それが、今でも活用されています。
■「輪島まだら」は紋付袴で
着付けができるのも輪島塗をしているから。徒弟制度は親子の固めだから、いっぱいいた兄弟弟子のそれぞれに何かあるというと、着物を着ます。だから着物の着方も覚えた。普通の着方と悲しいときの着方も違う。
輪島まだらも、漆器業界の者は大抵できます。でも、音頭を取る(メインボーカル)となると難しい。一曲覚えると、「お祝いに来てくれ」と言われたり結婚式に呼ばれたりで、紋付はかまを持って結構あちこちへ行った。
■日本家屋と塗りもの
徒弟制度も変わったけれど、今は家の様式も変わった。日の当たる南向きの部屋が好まれる。しかし、塗りものは一番日に弱い。
昔は北間楼といって、北向きが一番良い部屋だった。昔の旧家の座敷に行くと真夏でも涼しいくらい。なぜかと言えば、木は南を向いて育つものだから、南向きの部屋で庭を望んでも、姿の良く無い裏側が見えてしまう。だから、庭付きの良い座敷は北の間につくってあった。それが日本の家の建て方だったから、漆器ものはいつも薄暗いところにあって、もちが良かった。今は、建物自体が部屋に日が当たるように作られていて、畳も焼ける。
「でも本当は、座敷に塗りものがあると、茶櫃ひとつあっても人の気持ちはほっとして落ち着くもの。良いものは見直してほしいなぁ」
■輪島の話題はまだまだ続く
坂口さんの話は幅広い。輪島にたくさんある祭りのそれぞれの由来や、神社の背景、もちろん漆器や徒弟制度についてなど、挙げればキリが無いほどに話は続く。
「大学生が論文を書くために漆のことを聞きに来たり、祭りやキリコのことを聞きたい、って時も、みんなオレのところへ回すんやって」。
風土にどっしり根付いた幅広い知識に裏打ちされた話は、聞けば聞くほど面白い。
(NPO法人能登ネットワーク発行『能登人』の記事をベースに制作)
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