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横井 ヨシ子さん

横井 ヨシ子(よこい よしこ)

横井商店

500年以上続いた松波飴の技を伝えるラスト1軒の飴屋
恋路海岸にほど近い松波地区。かつては飴屋が何軒もあったこのまちに、戦後まもなく香川県から嫁いで以来、ヨシ子さんは手作りの飴をつくり続けてきた。大麦の麦芽で、米を糖化させて作る米飴。余分なものは一切加えない自然食品。小さな飴工場が守っている伝統の味は、体にも心にも優しい。

※横井ヨシ子さんは、2012年に92歳でご逝去されました。
現在、横井商店の米飴は息子さんの千四吉さんが引き継いで作り続けています。

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

横井商店
〒927-0602 石川県鳳珠郡能登町松波12-83-1 
TEL 0768-72-0077 FAX 0768-72-2221

米飴(じろ飴) 奥能登の先端、松波の集落で500年続く伝統の製法で作られる手づくりのじろ飴です。
米飴(固あめ) ばあちゃんたちが子供の頃は、桶に入れた飴をおこしのみで砕いて食べました。そんな素朴な形をそのままどうぞ。
米飴せんべい 古くから親しまれてきた松波飴が、せんべいになりました。パリッとした食感と懐かしい味がクセにあります
■松波の飴は家々で作られた家庭の味
松波の飴の歴史は、戦国時代松波畠山氏の時代から約500年と言われています。
かつて昭和のころまでは、家々で子どものおやつ代わりに飴が作られていました。今も集落のお年寄りは、「子どもの頃におばあちゃんが作ってくれた、あの美味しかった味を思い出す」と目を細められます。
■親子で守る伝統の飴づくり
ヨシ子さんが飴作りを始めて、もう50年ほどになります。四国の香川からお嫁に来たあと、ご主人の飴づくりを見て仕事を覚えた。その頃はこの小さな集落内に数軒はあった飴屋が、30年程前には既に横井商店1軒のみとなっていました。
今は息子の千四吉さんと二人で手分けしながら飴を炊きます。千四吉さんは、本業のインテリアの仕事と掛け持ちで釜場に立っています。
昔ながらの材料と、手仕事による製法、そして親から子へと受け継がれた技で、伝統の味を守っています。
■二日掛かりで釜炊き
松波飴の材料はうるち米と大麦だけ。まずは発芽させた大麦を槌で叩いて粉末状にします。このおやしを作るのが下準備。
そして2日掛かりの釜炊きへ。お米を蒸しあげ、次に水を張って適温に冷めるのを長年の経験により、掌で見極めます。おやしを入れて一晩寝かしたら、翌日、麻袋に詰めて絞り、取り出した醗酵汁を大釜に戻して煮詰めていきます。煮詰める間のおよそ5時間はつきっきりになります。
大釜で飴を煮詰めながら、色と粘り具合を見計らうために、何度もしゃもじですくいます。そして、冷水にひとしずく落とし、小さく丸めます。
まだ柔らかい生まれたての飴は、透明な金色に美しく輝いています。
■飴を使えばお料理上手
松波飴は、料理にも重宝されています。魚の煮付けには、みりんと砂糖の代わりに飴を少し入れます。それだけで味付けは十分なうえ、照りが出て、身もしまり、美味しく仕上がります。黒豆や煮ものの他、ジャムづくりにも良いと評判です。
風邪でのどが痛いときには、生の大根の輪切りに飴を乗せて浸けておくと汁が出るので、これを飲むと良い。妊婦さんへのお土産として松波飴が今も人気なのは、滋養と強壮に米飴が重用されてきたこと以外に、こうした昔ながらの知恵があるためです。
■昔ながらの飴は優しくて懐かしい
ノミとトンカチで叩いて割ったナチュラルなかたちをそのまま口に入れる固飴、棒に絡めてすくい上げるじろ飴。シンプルな品ぞろえながら、きなこ入りの切り飴や、奥能登の海水塩を加えて甘みを引き立てたタイプもあります。本店に行けば、ヨシ子さんお手製の布袋に入れたセット品も置いてあります。
自然素材の飴は、初めて食べても不思議に懐かしい味がします。横井商店のある松波の集落も、懐かしいのどかさを湛え、静かな家並みで訪れた人を癒しています。雑貨、食べ物、鉢物など、まちのよろず屋的な品揃えの横井商店には、近所の人が気軽に立ち寄っていく。このまちで育ったかつての子どもたちはみんな、松波飴のじんわりと優しい甘みに元気をもらって成長したにちがいない。
ヨシ子ばあちゃんの味を引き継いだ商品はこちら
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