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東四柳 史明さん

東四柳 史明(ひがしよつやなぎ ふみあき)

長谷部神社宮司

歴史を掘り起こすことは、地域の個性を知ること
石川県穴水町生まれで在住。長谷部神社宮司・金沢学院大学美術文化学部教授。
県教育委員会時代には、石川県立図書館にて文化財保護課に勤務。加能資料などの古文書資料室の整備に関わる。県内の自治体史の編纂でも、各地で中心的な役割を担ってきた。現在も「金沢検定」の出題選考委員を務めるなど、地域の歴史に深く関わり活動中。
長谷部神社
〒927-0027 石川県鳳珠郡穴水町字川島ウ−29−1
0768-52-3010

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■学生時代に自治体史を執筆
東京で歴史専攻の大学院生として過ごしていた頃、当時の先生が能登羽咋の気多神社の古文書資料整理を行っていた。院生としてこれを手伝っていたことが縁で、大学院生ながらに「羽咋市史」の中世編を執筆することになります。
羽咋には、永光寺、豊財院、気多大社などがあり、中世の羽咋の歴史は非常に重い。それを短期間で書き上げなくて出版しなくてはならないという、ハードな条件での執筆。これが東四柳先生と県内の自治体史との出会いとなった。
■県職員として県内の古文書資料を整理
学生時代には東京で過ごしたものの、就職を機に石川県へ帰った。ご実家は、穴水の長谷部神社の宮司職。ところが地元で高校教員になるという希望とは裏腹に、金沢市内の県立図書館で古文書資料の整理の任に就いた。
なかなか能登へは帰れなかったけれど、すでに羽咋市史を手掛けるという実績があったこともあり、当時第一線で活躍されていた歴史研究の大先輩の先生方に、親しく可愛がっていただけた。そうした先生からのお声掛けで、別の自治体史の編纂にも携わるようになっていく。
■自治体史も、時代とともに変化
自治体史編纂の流れには、これまでに大きく3つの山があるそうだ。
第1波は、昭和30年代の市町村合併の頃。当時は通史を1巻というのが多く、第2波の昭和50年代には、膨大な資料編が付いた。これも歴史的価値は高いが、一般の生活者には理解が難しく、結果手に取りづらい。
また当時は、中央の研究者が自治体史の編纂を通して自分の研究材料探しを行い、在地の研究者たちを利用するといった傾向が疎まれがちだったこともあり、自分たちの世代が中心となる第3波の昭和60年代から平成にかけては、独自の工夫をこらしていった。
自治体史編纂を自分の研究に利用しない。集まった資料は自分のものにせず、確実な返却もしくは然るべき保存方法をとる等を申し合わせ、徹底した。
■能登の歴史を捉えることが、地域の個性を掘り起こすことになる
東四柳先生が自治体史編纂の際に心掛けていたのは、以前と同じことはやりたくないということ。そこで、小松市史では、ジャンル別での内容構成を行い、根上町史編纂の折には県内初のビジュアル版を企画発行した。
また、地方の歴史的な特質を捉えるためには、自分の研究分野や専門の時代に限らず、広く見通すことの大切さを痛感した。
歴史研究は、結果として地域の個性を掘り起こすことにつながらなければならない。
■能登は歴史物語の宝庫
東四柳先生は、大河ドラマ「利家とまつ」の時代考証や、2005年にスタートした「金沢検定」でも委員として活躍されています。
だが、県内全体の歴史の第一人者であると同時に、地元の能登への思い入れも大きい。
能登は、歴史物語の宝庫でもあります。例えば、今に残る町並みの一つ一つにも歴史的な背景があり、その物語を聞いてから景色を振り返ると、また新鮮な驚きに出会うことができます。
地元でも、近代化に取り残されてはがゆい思いをしてきたからこそ、今に残された能登の美しい景観の大切さを住民たちに説いています。
(NPO法人能登ネットワーク発行『能登人』の記事をベースに制作)
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