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浜崎 源治さん

浜崎 源治さん(はまさき げんじ)

民宿かき浜 主人

絶景の海で能登の牡蠣を育てる
その日の朝に水揚げをした自家養殖の新鮮な牡蠣を食べてもらえるのが自慢。今では穴水は、町を挙げて、地元の冬の味覚として牡蠣のアピールに取り組んでいる。牡蠣のフルコースは冬場の能登の楽しみとして、すっかり定着している。
民宿かき浜
〒927-0023 石川県鳳珠郡穴水町麦ケ浦ハの8 
TEL 0768-52-1988 FAX 0768-52-2273
URL http://www.incl.ne.jp/kaki/

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■牡蠣はこの地域から始まった
能登の牡蠣養殖穴水の牡蠣養殖のスタートは、この麦ケ浦の地域。おじいさんの頃からで、昭和6年から。
客を迎えて食べさせたのも、うちが最初。先代である親父が、昭和47年くらいに始めた。土間を改造して、12~13人くらい入れる炉端を作って、ご近所さんの許可も貰ったりしてスタートした。
特に宣伝もしないし、当時は看板も無し。その状態で2~3年やるうちに口コミで広がって、「それならもっと大きくしようか」と、昭和49年に母屋に民宿くっつけて今の建物を建てた。当時は「能登ブーム」が盛んだった頃。
■自分で焼いて食べるのが、能登流
この辺りでは、殻付きの牡蠣をお客さんに自分で焼いてもらって食べさせるということを、最初からしていた。バケツに入った殻付きを、お客に「ハイ」って手渡すのは、確かに他所では無いかもしれない。
広島あたりでも、そういう食べ方はあまり無い。焼き牡蠣を出す店なら全国にあるけれど、どこも調理人が厨房で焼いて出す。今は長崎にそういう店が出来たけれど、それまでは、自分で牡蠣を焼いて食べる食べ方は穴水にしか無かったという風に、保健所の人から聞いている。
モノの無かった昔の時代には、おやつが無かったから、学校から帰ってくると腹が減っていた。それで、牡蠣を囲炉裏で焙って、おやつ代わりに食べた。まさに今の原型。今のように炭火じゃないけど、置き火を引っ張り出して焼いていた。
■民宿では自家栽培の野菜も
牡蠣以外の時期は、田んぼをしているので農作業で忙しい。民宿では、自前の畑で採れたものも料理に使う。牡蠣も米も自家製。パセリも作ってるし、無いのは牡蠣に絞ってもらうレモンぐらいかな。「年中忙しいてなぁ・・」。
6月の上旬にも牡蠣の作業があります。牡蠣に付着して成育を妨げる小さな黒い貝を除くため、全ての牡蠣を70℃のお湯にサッと浸けます。朝から夕方まで毎日やって3週間ほどかかる作業。
それが終わるとタネの付着。以前は広島や宮城からタネ板を買っていたが、今はここで取ります。
付着させてから、牡蠣が食べられるようになるまでに、2年半から3年。
■最初はホタテ貝の殻に付着させる
牡蠣は最初、ホタテの貝にくっつけます。水産総合センターの技官が海水を採取して行き、顕微鏡で見て何段階の幼生かファックスで流してきます。それを見ながら自分で時期を判断し、ホタテを沈めます。
付くか付かないかは、自然任せ。板の表裏に40~50個付くのが理想。付き具合は毎年違って、多いと200~300個も付く。「あっりゃ?、付き過ぎやな~」と。でもリンゴやミカンを摘果するみたいに間引くことはできない。
牡蠣が上手く育つように、人間も作業をするし勘を働かせるけれども、付くのも育つのも自然の恵み。
養殖といっても自然の要素が大きい。
■波静かな入り江で育った甘い牡蠣
穴水湾は波が静か。広島や三重でも、養殖は波の静かな入り江で行われています。そういうところは海水の塩分濃度が濃いともいうが、よく食べ歩きをするお客様から、「ここの海水はあんまり塩辛く無くて、牡蠣が甘いなぁ」と言われたことがあります。
海水が塩辛くないのは、川の水が相応に流れてきているからと考えられます。
上流には今も「いさざ」が来ます。つるっと喉越しを楽しむ小魚で、これも穴水の名物。「昔はひいばぁちゃんが取ってたねぇ」。
(NPO法人能登ネットワーク発行『能登人』の記事をベースに制作)
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