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のとびと
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沖崎 五六さん

沖崎 五六(おきさき いつむ)さん
沖崎 五六(おきさき いつむ)さん

西海水産 代表取締役会長

住んでる人も知らない遺跡や、自然風土に根付く幅広い雑学
昔は自らも漁師をしていた沖崎五六(いつむ)さん。現在は、西海漁港の近くで水産加工品製造販売を行っている。添加物を一切使わずに仕上げた一夜干しやもみイカなどは評価が高い。工場でも食品の衛生や安全、また海を汚さないことを徹底して心掛けた取り組みを行っている。
一方、地域の言い伝えやさまざまな事柄に精通しており、元漁師という視点に裏打ちされた海のお話しなどの秀逸さでもつとに有名。
(株)西海水産
〒925-0572 石川県羽咋郡志賀町西海干浦ヲ-11番地
TEL 0767-45-1057 FAX 0767-45-1259

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。

■富来周辺のことなら雑学的に幅広く
自分は、あくまでもローカルな語り部。学者ではないから、雑学的に幅広い話をします。例えばこの地域の歴史の話とすると、縄文時代から現代くらいまでなら根拠を示しながら説明できます。
自分はここで生まれてここで死んでいく。民話にしても歴史の話にしても、自分が死んだらみんな消えてしまう。だったら、興味のある人には伝えておけば良い。そうしたら残っていくかもしれない。仕事は水産加工をしているけれどこれは適職で、語り部をやることが自分の天職かなと思っています。
■住んでる人も知らない遺跡や遺物
能登は日本海に出っ張ったところだから、貴重な植物をはじめ、難破した船の遺産などが山ほどあります。土器や古墳、絵馬、地蔵など、縄文時代から大戦の遺跡まで順番にある。アマの遺跡、塩を炊いた跡、アメリカの軍艦の見張り台の跡もあります。
弥生時代のたたら(製鉄)の跡も何箇所かあります。地名でも「剱地(つるぎじ)」の剱という字に名残りがあるし、「釜が瀬」は釜の跡、同じ釜でも、「小釜」は塩の釜。
千の浦の辺りは、竪穴式住居が最もあった辺りで、耕運機でかき回すと今でも土器が出てくると思うよ。昭和23年頃に移植した頃は、あまり言われないときだったから、7歳か8歳の子どもの時に、矢じりや土器を拾いに来たのを今でも覚えているよ。
■北前船の足跡
江戸時代なら、絵馬もいろいろ残っています。富来の人でも地元に絵馬があるってことを既に知らない人が多くなっています。海岸のお宮には大体残っています。一番多いのは、やはり福浦。
北前船の難破の塚もあります。佐渡の測量士が難破した時に、それは丁寧に葬ったところ、千の浦の集落にお礼が下されて、それであの辺りの人は土地持ちが多いという話もあります。
無形のものでは民話。有名な「又次の話」は、江戸時代の船乗りが口伝えに伝えて、小樽、函館、島根の方まで日本海側に伝わっています。後世に付け加えられた話も多いけど、それくらい面白い男だったんだね。あと「お鍋の話」「おぼりぼとけ」「よねどんかげどんの姉妹の話」の4つが代表的かな。
■過疎と高齢化で2004年に供養祭が途絶えた
「お鍋の話」のお鍋の屋敷は、まだそこに現存しています。船乗りだった旦那に先立たれ、養蚕で生計を立て幼い子どもらを育てていたが、難破船の積荷の絹織物を盗んだと疑いをかけられた女の悲劇の物語。
2004年まで、そのお鍋の供養祭を秋祭りにやっていたが、過疎と高齢化で人が少なくなり無くなった。機織りはこの辺りでも終戦頃までやっていたし、桑畑は今でも残っています。
(NPO法人能登ネットワーク発行『能登人』の記事をベースに制作)

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