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のとびと

治郎堂 一夫さん

治郎堂一夫さん写真

治郎堂ころ柿

硫黄無検出のころ柿をつくる
石川県ブランド優秀認定品に選ばれているころ柿を生産。「幸露熟柿」「果糖切り幸露柿」の商標も取得し、関東関西での独自の販売を試みている。
治郎堂ころ柿
〒925-0121 石川県羽咋郡志賀町安津見38-14-1
TEL 0767-36-1314 FAX 0767-36-1838

※記事内容は取材時のものです。掲載情報変更の場合があります。
ご利用・お出かけの際は、お問い合わせ先などでご確認ください。


■硫黄燻蒸は、ころ柿生産に必要な手順
皮取りして紐に吊るし、硫黄で蒸して、それから干すというのが、ころ柿づくりの手順です。硫黄燻蒸の後、硫黄の成分が表面に付いた状態で乾燥させることで、柿の渋が表面に浮いてこず、きれいに仕上がります。ただし、硫黄は乾燥しても気化しないため、硫黄燻蒸した柿は、普通は硫黄がそのまま残っています。
もっと昔は、たき火を炊いて、たき火の煙でいぶして干していました。自然の状態にしておくと、渋は黒くなっていきます。ですから、昔の干し柿は、煙のすすと渋の黒で真っ黒になっていました。黒くなった柿も、洗って干すと美しくなり、味も良かったのですが、自家用はともかく、いちいち洗うのでは商品にはできないので、昭和25年前後に硫黄燻蒸が導入され、この辺りでも行われるようになりました。
■除湿も品質アップのために工夫
柿を干す空間は湿度を70%ぐらいに保たないとよい商品になりません。湿度を適正に保つために、扇風機もかけて乾燥させています。
治郎堂ころ柿では、さらに、熱湯殺菌と脱硫黄の処理をしています。当初は炭酸ガスが醗酵して、商品が駄目になり、2年間ほど苦労しました。
■治郎堂という苗字
治郎堂は苗字です。まるでお菓子屋さんの店名のような名前ですが、家のある高台が昔から「次郎堂」という地名で呼ばれてきました。一角には次郎堂という地蔵さんがあり、宗教的な空間だったと思われます。道神社という名前も文書に出てきます。
次郎堂の地名は江戸時代からあったことがうかがえ、明治時代になって姓をつける時に、次郎堂の地名にちなんで「治郎堂」としたようです。先祖は富来の草木の出身であったと聞いています。長く石屋を商っていて、お寺の過去帳の一番古い記録が天保年代からあり、私で5代目です。
■資源の有効活用「切り幸露柿」から硫黄抜きの技が生まれた
最初に考えた硫黄抜きの商品は、「切り幸露柿」です。当時、規格外商品がたくさんできたので、それを活かして商品化ができないかと考えていました。ころ柿の一部をカットし、使えるところだけ活かして商品にしたのが、「切り幸露柿」です。
商品化するにあたって、金沢の佃食品の社長に相談に行ったところ、「他との差別化を目指すなら、硫黄が残っていては駄目だ」と言われました。そこで、硫黄を抜くことを考えました。
最初の一口のえぐみをいかに抜くかと試行錯誤していたら、最終的に硫黄も抜くことができるようになりました。専門機関に検査してもらったところ、硫黄が検出されませんでした。それが平成17年収穫の柿でのことです。渋を抜くために使っていた方法を応用しました。
硫黄を抜くことに成功したころ柿は、マスコミにも取り上げられ、取引先が増えていきました。
■特許・商標取得にも意欲的に取り組む
平成18年には、干し柿の硫黄無検出の特許を出願しました。まだ権利の確定はしていなくて、審査中の段階です。そこで、現在は「硫黄除去済み」という表現で販売しており、硫黄の無検出についても「抽出調査です」と名言しています。その他、幸露熟柿(ころづくし)、果糖切り幸露柿の商標を取得済みです。
まず、東京の成城石井さんで販売していただきました。2008年現在の4年前から扱っていただいています。成城石井さんとは石川県産業創出支援機構の商談会で初めて面談し、扱っていただけるようになりました。今では、おかげさまで販路も徐々に増えています。
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